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「JINSは今年、AIに全振りする」
2025年1月、CEOの宣言からわずか3か月で「接客AI」をローンチ。基幹システムの刷新と並行し、リソースが限られた中でいかにして「メガネ購入の悩み」を解消するプロダクトを形にしたのでしょうか。
本記事では、2025年10月開催のセミナー(※)より、JINSが「POC地獄」を回避し、経営・現場・技術が一体となって推進した変革の舞台裏をレポート。AI活用を見据えた次世代アーキテクチャへの道のりを凝縮してお伝えします。
【松田 真一郎氏プロフィール】
アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア株式会社)に21年間勤め、製造業・小売業の企業向けシステムの導入企画・開発・保守まで、幅広く経験。エンジニアとしてシステム設計からアプリケーション開発、納品後の運用保守まで担当する中で、「プロダクトやサービスに最後まで責任を持つ立場で仕事をしたい」と思うようになり、事業会社である株式会社ジンズホールディングスに参画。
現在、常務執行役員CIOとしてグローバルのグループ会社全体のシステム企画から運用保守の全てを担当。デジタル戦略のキーコンセプト「デジタルは手段、動かすのは私だ」を掲げ、最高の顧客体験の実現を推進。
※プリズマティクスセミナー「JINS・トライアルの事例で学ぶ! EC / OMOの最前線~AI時代のリアル店舗の位置付けとITシステムの再考~」にて、株式会社株式会社ジンズホールディングス 常務執行役員 最高情報責任者 松田 真一郎氏をお迎えしたセッション内容にフォーカスしてご紹介します。
1.JINSが掲げる「最高の顧客体験」実現へのデジタル戦略
JINSホールディングスは「日本で最もイノベーティブなアイウェアブランド」を目指し、「Magnify Life(見ることを通じて人々の生活を豊かにする)」をビジョンに掲げています。その実現に向けたデジタル戦略の中心には「最高の顧客体験の実現」があり、デジタルはそのための手段と位置づけています。同社は現在、日本国内にとどまらず、モンゴルやベトナムへのグローバル展開を加速させており、グローバル視点でのデジタル戦略推進が急務となっています。
デジタル戦略の基本方針として「デジタルは手段、動かすのは私だ」というメッセージを掲げており、デジタルを自分ごととして使いこなし、お客様に最高の顧客体験を届けることを全社的な文化として根付かせています。この方針のもと、顧客体験の向上、AI活用、そして組織変革の3つを重点領域として定め、具体的な施策を進めています。
同社が早い段階からデジタル活用に積極的だった背景には、「新しいことを面白いと感じ、他社に先にやられたくない」という経営陣・全社員のカルチャーがあります。AIが世の中に普及する前から「JINSブレイン」として眼鏡が顔にどの程度合っているかを判定するAI機能や、眼鏡をかけたままバーチャルでトライオンできる機能を展開してきたことも、そうした文化的土壌があってこそです。
2.AI推進室の立ち上げと「AI元年」宣言—2025年の大転換点
2024年11月、JINSはAI推進室を立ち上げました。初期はスモールスタートとして、本社から1名、店舗の販売員から2名、合計3名での組成でした。店舗スタッフを必ず組み込む考え方のもと、現場視点を最初から取り込んだ点が特徴的です。ところが年が明けた2025年1月の社長訓示で、CEO田中氏が「JINSは今年AIに全振りする、AI元年だ」と突然宣言しました。
この経営トップの一声により、スモールスタートだった体制が「ロケットスタート」を求められることになりました。宣言はプレッシャーである一方、全社に「やらなければならない」という気運を高める効果もあり、プロジェクト推進の強力な後押しとなりました。しかし当時、デジタル本部では基幹システムの3〜5年がかりの刷新プロジェクトが架橋期を迎えており、AIの取り組みに割けるリソースはほぼゼロという状況でした。
こうしたリソースが極めて限られた状況の中で、事業会社として取り組むべき課題を改めて経営陣で話し合いました。そこで着目したことが「メガネを買うプロはなかなかいない」という顧客の実態です。そもそもメガネの買い方がわからない、どれが自分に合うかわからない、フレームとレンズの組み合わせで価格がわからないという「3つの分からない」を解消することにフォーカスすることで合意しました。

3.生成AIを活用した「接客AI」プロジェクト——3か月ローンチの全貌
3か月でローンチ—スピード実現を支えた条件と開発の舞台裏
JINSが開発した「接客AI(仮称)」は、生成AIを活用してお客様の「3つの分からない」を解消するプロダクト・サービスです。具体的には、店舗での購入手順がわからない、どのフレームを選べばよいかわからない、レンズの選び方・価格がわからないという悩みをAIがサポートします。フレームとレンズの組み合わせという専門性の高い商材であるメガネにおいて、AIが丁寧にナビゲートする仕組みです。
企画からローンチまでわずか3か月という短期間でプロジェクトを完遂できた最大の要因は、プロジェクトオーナーが社長自身だったことです。社長がオーナーシップを持つことで、意思決定が迅速化され、営業部門も巻き込みやすくなりました。また、同社には店舗スタッフの接客マニュアルや接客マイスター制度があり、「どういう接客対応がよいか」というトレーニングコンテンツが既に整備されていたため、AIの学習データとして活用できました。このベースがあったことが、短期間でのローンチを可能にした大きな要因のひとつです。
また、スピードを最優先にするため、今回の仕組みは基幹システムとは完全に切り離したスタンドアローンで構築しました。そのため他システムとの連携はこの段階では行わず、まず接客体験の品質を高めることに集中しました。このトレードオフの決断が、3か月という短期ローンチを実現した鍵のひとつです。

インバウンド顧客に刺さったAI接客—実証実験の成果と利用者の声
接客AIはまず2店舗でローンチし、お客様の利用状況を確認しながらチューニングを重ね、10店舗、20店舗と展開を拡大していきました。現在も20店舗で実験を継続中です。利用傾向として最も際立ったのは、インバウンド(外国籍)のお客様の利用率が圧倒的に高いという点でした。AIが英語・中国語・タイ語・ベトナム語など多言語で回答できるため、言語の壁で困っていたインバウンドのお客様から特に喜ばれています。
回答精度については、ローンチ前に社内で「不正確な回答をしない」ことを確認した上でリリースしています。現状では約8割のお客様から「回答が役に立った」というフィードバックを得ています。また、AIとの会話ラリーを経てフレームを決め、「これを買いたい」とスタッフに声をかけて実際の購買につながるケースが約2割に上っています。さらに、本部のMDには届いていなかったお客様の率直な声—商品への期待やお子様に関する問い合わせなど—がAIを通じてダイレクトに把握できるようになり、顧客インサイト収集ツールとしての価値も浮かび上がっています。
継続的なチューニングが品質を決める—AI人格設計からトーン管理まで
ローンチ後も継続的なチューニングを行っており、その内容は多岐にわたります。まず技術的な面では、回答が長すぎてスマホの1画面に収まらない問題を解消するため、文章を短く整理しました。また、AIの回答トーンが店舗の接客に合っているか、不自然に馴れ馴れしくなっていないかという「AI人格設計」もプロンプトとして調整しています。
興味深い取り組みとして、JINSが取り扱っていない商品について問われた場合の対応もチューニングしています。「こちらの商品はJINSでは取り扱いがないのですが、一般的にはこういったサービスがあり、お客様のニーズに合います」というように、ブランドとしての誠実さを保ちながらお客様に寄り添う回答ができるよう設計しています。こうした細やかな対応がブランド価値の向上にもつながっています。
POCで終わらせないための3つのポイント—経営・目的・技術
生成AIのPOC(概念実証)は多くの企業で実施されていますが、その先に進めずに「POC地獄」に陥るケースも少なくありません。JINSの経験から導き出された、POCで終わらせないための3つの重要ポイントがあります。
| ポイント | 内容 | JINSでの実践 |
| ①経営のオーナーシップ | 失敗を許容し、チャレンジを続ける意思決定ができるか | CEOがプロジェクトオーナーとなり、全社宣言で推進力を担保 |
| ②目的の明確な言語化 | 「何を目指したいか」を経営の言葉でクリアに定義できているか | 「メガネ購入の3つの分からない解消」という顧客課題にフォーカス |
| ③情熱あるチームと技術力のあるパートナー | 社員のパッションと、1〜2週間単位でアジャイルにリリースできる技術力の両立 | 週単位のリリース体制を実現できる技術パートナーとの協業 |
特にスピード感において最も重要だったのは、1つ目の「経営のオーナーシップ」と3つ目の「技術力のあるパートナー」でした。週・2週単位でアジャイルにリリースできなければ、現場もついてこられなくなり、トップの忍耐力も尽きてしまいます。逆に言えば、これらの条件が揃うことで3か月という短期ローンチが可能になりました。
4.JINSのデジタル基盤刷新—技術的負債の解消と次世代アーキテクチャへの道
JINSは2022年、長年にわたり個別最適で構築されてきた既存システムの技術的負債を一掃するため、システムの基本方針を策定し刷新プロジェクトをキックしました。この刷新に向けての第一歩として取ったアプローチが「とりあえず全部やる」という一見乱暴とも思える決断でした。プランニングの期間は最大3か月と決め、それ以上考えずにまず絵を描き、動き始めてから優先順位を考えるというやり方です。
まず足元の進行中プロジェクトをきちんと完了させ、AWSを含むランニングコストの無駄を削減し、人的・財政的リソースを確保した上で、販売・会計・サプライチェーン・データ・インフラクラウドの各領域を段階的に再構築していく計画を立てました。既存システムに関しては、開発に携わったエンジニアがすでに退職・異動しており、障害対応の問い合わせにも対応しにくい状態になっていたため、新しくすること自体に社内からネガティブな反応はなく、むしろ現場のストレス解消につながりました。

2トラック戦略―基盤はウォーターフォール、顧客向けサービスはアジャイル
刷新プロジェクトの進め方として、大きく2つのアプローチを採用しています。データモデルの変更を伴う基盤の刷新については、腰を据えてウォーターフォール(計画的)で取り組む一方、顧客に近いフロント・顧客向けサービス領域については「やってみないとわからない」部分が多いため、アジャイル(素早く試行錯誤)で進める方針を取っています。
ただし、この2トラック戦略は教科書的には説明しやすいものの、実際には多くの困難を伴います。顧客向けサービスで独立したシステムのPOCがうまくいき、全国展開しようとすると、既存システムとの連携が必要になります。その既存システムは絶賛再構築中という板挟みの状況が繰り返し発生しました。基盤と顧客向けサービスの整合を取りながら進めるコントロール力が、このプロジェクトの最大の難所のひとつです。
刷新プロジェクトの振り返りと方針転換—BPRは切り離して段階実施
2022年に掲げた目標に対して、2025年時点でのプロジェクトは架橋期を迎え、着実に進んでいます。当初予定より一部スケジュールが延びた部分もありますが、その背景には「パートナーから提示されたスケジュールを半分の期間でお願いし、足が出た部分は都度調整する」というチャレンジングな設定をしたことがあります。もっとも順当に完了している部分もあり、全体としてはゴールに向かって前進しています。
最大の方針転換は「基盤刷新とBPR(業務プロセス改革)を最初はセットで進めようとしたが、途中で切り離した」ことです。技術的な刷新とBPRを同時並行で進めることの難易度が極めて高いと判断し、まずEOSのケツ(サポート終了)が決まっている技術的な刷新を先行させ、刷新完了後にBPRを行うという段階的アプローチに切り替えました。この判断により、プロジェクトの複雑度を管理可能なレベルに抑えることができました。
また、このプロセスを通じて、ITに精通していない役員も含め、表側の綺麗な部分だけでなく裏側の大変さについての認識が経営全体で深まったことは、長期的に見て大きな成果でした。経営への説明にあたっては「現行仕組みでは、現状の売上規模がこれ以上伸びるとある日突然使えなくなる可能性がある」という成長阻害リスクとして説明することで、理解と予算承認を得ました。
AIエージェント活用を前提としたBPR—データ基盤の整備が最優先課題
基盤刷新の完了後に取り組む予定のBPRは、AIを活用することを前提としたプロセス全体の見直しです。「AI元年」という宣言を社内の風として活用しながら、刷新された基盤の上に新しい業務プロセスを構築していく構想です。その前段として今最も重要な課題として挙げられていることが、データ基盤の整備です。「汚いデータからは間違った答えしかAIは出せない」という認識のもと、データの品質確保と個人情報を適切にクリアしたアクセス基盤の整備を急いでいます。
AIエージェントの具体的な活用可能性としては、サプライチェーン領域での業務効率化が有望視されています。眼鏡の生産に関する各国への調整業務—中国語でのメール送信、日本語でのシステムへのデータ登録、英語のインボイスダウンロードと海外フォワーダーへの連携といった複合的なタスクをAIエージェントが横断的に処理できるかを実験中です。また、大規模プロジェクトのPMO業務や、店長がシフト作成・発注確認・数字確認・本部指示の確認を「会話するだけ」で完結できる「店長エージェント」も現実的な活用として構想しています。
5.まとめ
今回は、プリズマティクスセミナー「JINS・トライアルの事例で学ぶ! EC/OMOの最前線~AI時代のリアル店舗の位置付けとITシステムの再考~」にて、「JINSが考えるAI 時代の購買体験とそれを支えるIT システム」というセッションタイトルで松田氏にご登壇いただいた内容を紹介しました。
JINS社には「日本で一番イノベーティブなアイウエアブランドでありたい」という理念の下、デジタル技術を使った様々な顧客体験を提供されております。そのイノベーティブな着眼点と推進力についてもお話しいただきました。新たな顧客体験や革新的な取組みの実践的な知識を得たい方、小売業における次世代店舗/EC/OMO体験の具体的な施策を検討している方、AI時代ならではの次世代型買い物体験について、海外を含めた最新事例を知りたい方などのご参考となりましたら幸いです。
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